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第45話 私の夢

Author: 板野かな
last update publish date: 2026-10-08 18:00:09

 翌朝。

 朝食を終えた小夜さよは、女学校へ出かける支度を済ませても、なかなか席を立とうとしなかった。

「……兄様」

 やがて、小夜が朔さくを呼んだ。

「昨日のお話ですけれど……お断りしてくださいませ」

 静かな声だった。

 迷いがないわけではないのだろう。それでも、昨夜よりずっとはっきりしていた。

「決めたか」

「はい」

 小夜が頷く。

「私、もう少し学びたいです。今の女学校を出たあとも、できることなら、その先へ進んでみたいと思います」

「分かった」

 朔の返事は、それだけだった。

「……それだけですの?」

「他に何がある」

「もう少し、何か……本当によいのか、とか」

「昨夜聞いた」

「そうですけれど」

 小夜が拍子抜けしたような顔をする。

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     翌朝。 朝食を終えた小夜は、女学校へ出かける支度を済ませても、なかなか席を立とうとしなかった。「……兄様」 やがて、小夜が朔を呼んだ。「昨日のお話ですけれど……お断りしてくださいませ」 静かな声だった。 迷いがないわけではないのだろう。それでも、昨夜よりずっとはっきりしていた。「決めたか」「はい」 小夜が頷く。「私、もう少し学びたいです。今の女学校を出たあとも、できることなら、その先へ進んでみたいと思います」「分かった」 朔の返事は、それだけだった。「……それだけですの?」「他に何がある」「もう少し、何か……本当によいのか、とか」「昨夜聞いた」「そうですけれど」 小夜が拍子抜けしたような顔をする。 麗香は思わず微笑んだ。「朔様は、小夜さんのお気持ちがお決まりになれば、それでよかったのでしょう」「ああ」「ほら」「兄様は、こういう時くらい、もう少し妹を励ますお言葉などございませんの?」「自分で決めたのだろう。なら、それでいい」 朔は新聞を開き直す。「先方には俺から丁重に断っておく。お前は学校へ行け」「……はい」 小夜は少しだけ口を尖らせたものの、その顔には安堵が浮かんでいた。◇「今日、学校で聞いてみましたの」 その日の午後。 女学校から帰った小夜は、いつものように麗香と教本を開きながら、嬉しそうに話した。「卒業したあとも学べるところについて、先生に伺ってみました。文学をもっと学べるところも、外国語を学べるところもあるそうです」「まあ。もうお尋ねになったのですね」「はい。でも、お友達には驚かれてしまいました」

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     御影家へ帰ってきた翌日。 軍務を終えた朔は、夕刻の庁舎を出た。 空にはまだ明るさが残り、西へ傾いた陽が煉瓦造りの建物を赤く染めている。 迎えの自動車へ乗り込む。 窓の外を流れていく帝都の街並みを眺めながら、朔は無意識に右手を握った。 旅先で、滝江の家から出てきた後の。 あの時の麗香の重みを、まだ腕に覚えていた。 ――香は、しなかった。 以前の自分なら、それを意識したはずだった。 麗香は自分の番ではない。 探している女ではない、と。 だが、あの時はそんなことを考えもしなかった。 麗香が自分を頼った。 そして自分は、その麗香を抱き寄せたいと思った。 その「それだけ」が、朔にはひどく大切なことのように思えた。 父と母の間には、誰より強い契りの香と、番という絆があった。 それでも母は、幸せではなかった。 ならば、香がなくとも、自らの意思で誰かへ手を伸ばすことの方が、よほど――。「……」 そこまで考えて、朔は眉間を押さえた。 本当はもう、答えなど出かかっているのかもしれなかった。

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     その夜。 旅の疲れもあって、麗香はいつもより早く床へ入るつもりでいた。 入浴を済ませ、寝間着へ着替え、鏡台の前で髪を梳いていると。 こん、こん。 扉を叩く音がした。「はい」「麗香姉様。まだ起きていらっしゃいます?」「小夜さん?」 扉を開ける。 そこには、すでに寝間着へ着替えた小夜が立っていた。 長い髪も就寝用にゆるくまとめられている。「今夜、こちらで一緒に休んでもよろしいですか?」「……私と?」「はい」 思いもよらない申し出だった。 けれど、小夜はもう麗香の返事など決まっていると思っているらしく、嬉しそうに微笑んでいる。「駄目です?」「いいえ。駄目ではございませんけれど」「よかった」 小夜が部屋へ入ってくる。 麗香は扉を閉めながら尋ねた。「でも、どうして急に?」「だって」 小夜は寝台へ目をやった。「兄様とは、旅先でご一緒にお休みになったのでしょう?」「――なっておりません!」 思わず大きな声が出た。 小夜が目を丸くする。「まあ」「まあ、ではございません。お部屋は別々でした!」「そうなのですか?」「当然です!」「ご夫婦ですのに?」「朔様は、そのようなことを勝手になさる方ではございません!」 言い切ってから、麗香は、はたと気づいた。 小夜がにこにことこちらを見ている。「……何です?」「麗香姉様は、本当に兄様のことをよく分かっていらっしゃるのだなと思いまして」「それは……」 麗香は言葉に詰まった。「ともかく、別々のお部屋でした」「では」 小夜は満足そうに頷いた。「麗香姉様と一緒

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     翌朝。 約束どおり、麗香は朔と川沿いを歩いた。 山あいの朝は涼しく、初夏の日差しもまだ柔らかい。 川面に朝の光がきらきらと揺れ、道の脇には名も知らぬ白い花が咲いていた。「綺麗ですね」「ああ」 それだけの会話だった。 けれど麗香には、それで十分だった。 隣を歩く朔の足音を聞いている間だけは、不思議とこの先のことではなく、今この瞬間の景色を見ることができた。◇ 滝江の家は、宿から自動車でしばらく走った、山裾の集落にあった。 古い日本家屋だった。 門の脇には青々とした柿の木が一本。 華族の邸宅とは比べるべくもない小さな家だが、庭も玄関もよく手入れされている。「ここだよ」 清雅が言った。 麗香は小さく息を吸った。 隣の朔を見上げる。「……参ります」「ああ」 朔は、それ以上何も言わなかった。 玄関が開いた。「御影様でいらっしゃいますか」 出てきたのは、五十ほどの女だった。「母がお待ちしております。どうぞ」 麗香が一歩進む。 朔と清雅は動かない。 麗香は一度だけ振り返った。 朔と目が合う。「行ってこい」「……はい」 麗香は意を決し、門へと足を踏み入れた。◇ 通された座敷には、一人の老女が座っていた。 髪には白いものが多く混じっている。 細い身体を地味な着物で包み、背筋を伸ばして座っていた。「母です」 案内してくれた女が告げる。「お客様がお見えですよ」 老女――滝江が顔を上げた。 麗香を見る。「……」 その目が、大きく見開かれた。「…&hell

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